自分がミックスした曲の方が評価が高い理由が分からない

この事を考えると本当にキツくて、2月23日から今まで生きた心地がしなかったんだけど、そろそろ向き合わなければいけないと思う。

よく音楽を一緒に作る友達のわいわい氏が最近出した曲が2つある。作編曲はどちらも彼だが、1曲目はミックスをさきさかが担当、2曲目は別の方が担当している。

 

順を追って話すと、まず『空飛ぶクジラに跨って』を作り、投稿した。これの裏話も無いことはないが、本題とは逸れるので今書く必要はないだろう。

その後、わいわい氏から新曲を作るという話を雑談で聞いて、ミックスは別の人と縁があったから今回はそっちに頼む、と言われた。別に専属エンジニアじゃないし、そんなことわざわざ言わなくても気にしないのに、と思ったけど、気を遣ってくれたのは優しさだなと思った。

ミックスを別の人に頼むと言われた時、自分は単純に「メチャクチャ面白そう」だと思っていた。VTuberで想像してみてほしい。自分が好きなVTuberが、もし「次の曲は、作編曲は前と同じ人だけど、ミックスは別の人にお願いしました!」と発表したらメチャクチャ面白そうじゃないか? ましてや、自分自身の本業がミキシングエンジニアで、リスナーとして好きなVTuberがそんなこと発表したら、おもしろイベント以外の何物でもない。

 

だから、しばらくは能天気にワクワクしていたんだけど、少し経ってから気づく。お相手の方の経歴を拝見するに、商業の経験もあるガチ寄りの人らしい。対する自分はシコシコとボカロ曲を作っていたくらいの同人エンジニアである。勝てるはずがないし、どれくらいの差が付くのだろう、という事に自分の興味は移っていった。

語弊を恐れずに言うと、別に自分があらゆる面で商業エンジニアの人に劣っているとまでは思っていない。我ながら耳は良いと自負しているし、アニソンを聴いてミックスの問題点を詳細に解説できる程度にはミックスをやっている(世の中の曲の8割は音が悪い)。

ただ、商業経験のある人の成果物には、特有の「垢抜け感」がある。これは処理が明確に合ってるとか間違ってるとかではなく、EQやコンプのアナログ的な適材適所、リバーブのパラメータの追い込み具合、それらの正確さの積み重ねで総合的に滲み出るプロっぽさがあると思っている。それは音質の良し悪しとは別問題で、商業グレードのスタジオで4ケタ以上のアーティストと接し、あらゆる多様性を吸収しないと身につかないものなのだ。残念ながら自分はその経験がなく、そこまでの垢抜け感は(まだ)持ち合わせていないと考えている。

なので今回は勉強だな、と思っていた。

 

そして『Still Alive』公開当日。「(いつも自分がミックス担当していたので)投稿された曲を聴くのって久々だな」と新鮮な感慨を抱きつつ、何度か聴いた。

自分の感想は、「自分だったらこういうミックスにはしないな」に尽きる。これは批判しているわけでも賞賛しているわけでもなく、「エンジニアが2人いれば別々の曲ができる」という意味で。ミックスって面白いな、と改めて思ったのであった。

 (自分がよく人にミックスのイメージを説明する時に使う図)

 

なので、『Still Alive』をしばらくループ再生した後に『空飛ぶクジラに跨って』を聴くと、「うぉっなんだこれ!? おかしくないか??」と、何かミックスで根本的なミスをしてしまっているように感じる。これは、真逆の順序で聴いても同じ感覚になる。それくらい別物だと思う。

ただ、前述の「垢抜け感」に関してはやはり(自分が)負けていると思った。いつもだったらこういう「自分のクリエイター人生にとって重要な意味を持つ曲」は何日かループ再生するのだが、今回は流石に怖くなり、どれくらいの再生数の差が付くのだろう、ということばかり考えて毎日過ごした。

 

そして、このブログを書いている4月7日時点で、次のような結果となった。

『空飛ぶクジラに跨って』
 投稿日:2023年11月02日
 再生数:1,989
 コメント数:45
 マイリスト数:67

『Still Alive』
 投稿日:2024年2月23日
 再生数:486
 コメント数:10
 マイリスト数:9

予想と真逆で、『空飛ぶクジラに跨って』の方が4倍の再生数がある。

 

自分が絶対負けると思っていたのは、上に書いたエンジニアとしての経験値の違い以外に、次のような理由がある。

『空飛ぶクジラに跨って』は、極めて不利な曲だった。無色透名祭というイベントは、音楽の中身に集中してもらうために映像は禁止、作者名も秘密、という極めて硬派なイベントである。当然、2020年代のボカロシーンで流行っている曲調の評価が高くなると予想でき、そして『空飛ぶクジラに跨って』はウケ狙いとは対極にある、作家性をそのまま絞り出したような曲調だ。そもそも、4/4拍子じゃないし。

対して、『Still Alive』には優位性がいくつもある。綺麗な映像が付いていて、曲調も分かりやすく疾走感のある王道ギターロック。

 

最後に、おそらく最も再生数に影響する外部要因が、イベントの参加曲数だ。

 タグ《無色透名祭II参加曲》:4,836件
 タグ《ボカコレ2024冬TOP100ランキング参加曲》:2,250件

『空飛ぶクジラに跨って』は2倍近くの曲数の中で4倍再生されていたことになる。全てが直感に反していて、何もわからない。『Still Alive』の唯一の不利な点は、ボカコレという企画が作者名を秘密にする縛りがないため有名なボカロPと同列に評価されてしまう点のはずだが、それも、曲数が半分しかないのだったら2倍見つけやすくなるわけで、相殺されてもはや大した不利要素ではないだろう。そもそも、ニコニコのボカロシーンはマイナーな曲をディグることで発展してきたジャンルだし、一般リスナーで「有名な曲以外の曲」を熱心に探す人は普通に多いわけで。

 

個人的に一番ショックだったのは、自分自身『Still Alive』を聴いた直後に、「『空飛ぶクジラに跨って』よりも当然再生数は高くなるだろう」と予想してしまったことだ。

シンプルに言っていいか。これだけ手間暇をかけた映像がついていて、曲調も分かりやすい曲がウケないんだったら、この先何を信じて音楽を作っていけばいい?

自分はあらゆるポップスには可能ならMVが付いていた方が良いと思うし、『空飛ぶクジラに跨って』だって通常の企画だったら映像を付ける流れになっていたと思う。そうするのは、映像表現自体に芸術的価値があるからと、ウケるからだ。でも、どうやら映像があればウケるというわけでもないらしい。

 

これだけ不利な要素があってそれでも再生数が多いのなら、残る理由はピアノ・ストリングスアレンジか、ミックスにあるとしか考えられない。

実は『空飛ぶクジラに跨って』ではピアノ・ストリングスアレンジもさきさかが担当している。しかし、コンペで曲を神経質に評価する音楽業界人ならまだしも、無色透名祭を聴いている一般の人々があの曲のストリングスの良し悪しだけで感情移入の仕方がそこまで変わるものだろうか?

そして、謙遜抜きで言うけど、自分は『空飛ぶクジラに跨って』のミックスが『Still Alive』の4倍も良いとは思わない。比較すればどちらかのミックスの方が好みという人はいるだろうけど、ミックスで再生数に4倍もの差が付くとは信じられない。上の図で載せた空間表現だけは自分が意識的にやっている独自要素だけど、これも説明されれば「確かに」となる人は多いかもしれないけど、一般リスナーが曲を聴いただけで食いつくほどの引力を出せているかは相当怪しい。

 

この事について1か月くらい考えていたけど、ついに結論が出なかった。

自分がミックスした曲の方が評価が高い理由が分からない。理由が分からない事自体がミキシングエンジニアとして失格な気がして、二重に苦しい。

ショックすぎて、『Still Alive』公開から少し経って再生数を理解し始めた頃から異常な精神状態になってしまい、しばらくはTwitterでフォロワーが全然関係ない音楽の話題を話しているのを見るだけでも心臓バクバク言う状況で、音楽なんて聴けないようなメンタルになってしまっていた。

最近ようやく音楽を聴けるようになってきたので、そろそろ、自分のミックスとは何なのか、良い音楽とは何なのか、改めて考えていかなきゃいけないと思う。

さきさか漫画大賞2023(私的漫画ランキング)

2024年になりました。皆様の漫画ライフは充実しておりますでしょうか。私が2023年度に読んだ漫画は計604冊でした。

ここ数年、主にフォロワー向けに漫画の年間ランキングを発表しており、今年もどんなランキングになるのかと自分自身楽しみな気持ちでまとめています。

正直言うと、このランキングを編集するのは普段のエッセイ的な記事を書くよりも10倍以上の手間がかかっており、大変すぎるので一回限りで辞めようかと思っていたのですが、前年度の記事を通じて漫画を購入してくれたフォロワーが多数いたようなので、今年も反響があれば来年も続けられると思います。

それでは、ランキングです。

※あくまで個人による私的なランキングであることはご承知おきください。
※タイトル/表紙画像をクリックするとAmazonへ飛べます。

1位

岩下慶子
デザート 2023/4/13

むせるくらいの愛をあげる(1) (デザートコミックス)

評価ポイント

美大のデザイン科の女の子と、同じ美大の油絵科のバンドマンの恋愛。

ストーリー展開はほとんど上に書いた設定から類推できる内容だ。この作品の何がすごいかと言うと、性癖の出し方

  • 自分のバンドのジャケットのデザインについて、カッコよく「真面目なデザインなんてつまんねえよ」と言い放つイケメン
  • 主人公はイケメンと掴み合いのケンカになり、パソコンに水を零して破壊。イケメンからは「俺のパソコン代わりに使ってくれよ」と強引に家に連れて行かれ、入った家にはギターやモニタースピーカーなどのカッコいい音楽機材がずらり。
  • イケメンのバンドのジャケのデザインを頼まれる。デザイン案をまっすぐ褒められて赤面
  • 帰りがけにギターピックにサインペンで電話番号を書いて放り投げられる。

欲望の具体性がすごい。自分が美大に通う女子だったらこんなのドーパミンが出すぎて脳が破壊されてしまう。

特に、

帰りがけにギターピックにサインペンで電話番号を書いて放り投げられる

このシーンは「その手があったか!」と衝撃を受けた。もうしばらくはこの作品なしでは生きられないと思う。

あまりにも感動したのでこのシーンのスクショをギタリストの友達に見せたら、「現実にこんな男いるわけねーだろ!www」としばらくツボに入っていた。

2位

小野寺こころ
サンデーうぇぶり 2023/7/17

スクールバック(1) (サンデーうぇぶりコミックス)

評価ポイント

主人公は学校の用務員。

学校社会において「正しい大人」という立場を崩せない教師は正論でしか応えられないような生徒の赤裸々な悩みに対し、用務員という「正しくなくてもいい大人」という立場で生きづらい社会への立ち向かい方を示唆するストーリーで、特殊な職業設定を活かすよう丁寧に考えられているのが伝わってくる。

小説の世界では「作家は自分の年齢プラスマイナス10歳の感性しか書けない」という言説がある。これは技術でどうにかできるものではなく、人の感性は歳と共に変わっていく、作品に出てしまって抗えないという意味だ。本作の作者は22歳ということだが、作中の高校生のような思春期の瑞々しい感覚――「大人」と向き合ったときの不条理や気持ち悪さを忘れずに創作に昇華させているという点は注目に値する。

数年後にこの作風が「大人」な方向に変わってしまったら私は泣くと思う。

子供が大人になるために、あるいは子供の心を忘れてしまった大人が生き方を再確認するために必要なのはこういう作品だと感じた。

3位

該当作なし

本来ならこの辺りにジャンプ系少年漫画などの王道エンタメ作品が入るが、今年度は3位の強さに相当する作品がなかった。また、4位以下の作品も、エンタメ性・新規性・ユニークさのいずれかの側面で落差があるため、本年度の3位は該当作なしとする。

4位

FLOWERCHILD
コミック百合姫 2023/11/17

映しちゃダメな顔: 1【電子限定描き下ろしマンガ付き】 (百合姫コミックス)

評価ポイント

ハプニングバーという業態がある。性的な「ハプニング」を期待して単独やカップルの客が集まり、ハプニングが起これば「客同士の合意のうえで自由に」性的なやり取りができるかもしれないし、できないかもしれない、あるいは見てるだけかもしれない、という偶発的な要素が強い風俗店寄りのバーだ。

本作はハプニングバーが舞台の百合漫画

百合漫画が爆発的に多様化したのはゼロ年代末期~テン年代中頃。最初のうちはオーソドックスな学園という舞台で女同士の関係性が掘り下げられ、マンネリが来ると、やれSF要素だとか、やれセカイ系だとか、未開の地の部族の女の子との恋だとか、異形の美少女との恋だとか、女性向け風俗だとか、とにかく奇をてらった舞台設定に挑戦する作品が多かった。

ある意味で「女同士の関係性が描かれていればあとは自由」という懐の深さがあり、その性質がジャンルの発展に寄与したのである。

そんな歴史の中でも、実は大手の百合漫画でハプニングバーという設定は珍しく、個人的には見た記憶がない。「まだ未開拓な飛び道具が残っていたのか!」という驚きが最初にあったが、主人公が有名な芸能人で、お忍びとしてハプニングバーに来ている……という設定の膨らませ方になっていて、飛び道具をしっかり使いこなしてやるという意気込みを感じる。

テン年代以降の百合漫画は、飛び道具だけでは闘えなくなり、「百合じゃなくてレズ」な方向性に価値を見出され始める。いかにも二次元美少女同士のオタクエンタメ的な絡みではなく、現実のレズビアンの女性同士の関係性のような、リアルでウェットなものが人気となる。本作はまさにこの系譜を引き継いでいる。

個人的には「飛び道具探究」もマンネリで、「百合じゃなくてレズ」もマンネリになりつつあったが、そのどちらも正統に引き継ぎつつ堂々たる風格を持った画力、そして濡れ場のエロさ、と隙が無い作品になっていて、2020年代の百合漫画の一つの完成型であるのは間違いないと思う。

5位

ひるのつき子
月刊コミックバンチ 2023/8/15

133cmの景色 1巻 (バンチコミックスコラル)

評価ポイント

小学生の頃に病気で身長の成長が止まってしまった主人公が、ふつうのOLとして働くうえで直面する無自覚で暴力的な偏見を描いている。

バンチコミックスというレーベルは社会派なのが特色で、発達障害などのマイノリティを当事者視点で描いたり、人の死のグロテスクな側面を連作短編形式で何パターンも執拗に作劇したり、「世界に普通にある、みんなが目を逸らしているモノ」を読者に対して真っ直ぐ突きつけてくる作品が多い。低身長への偏見を描く本作もまさにその一環であり、切れ味が鋭い。

一方、ある意味で安全に「133cmの景色」を体感できるのが本作だ。

“小さい女の子”に寄ってきて「その身体でセックスできるの?」と聞いてくる男がいるシーンを見ながら、「小学生みたいだから確かにそれ気になるよなぁ」と暴力的に共感しかけた後でハッとさせられるような読み方(読ませ方)が出来るのは、この作品がフィクションとして作られているからであり、もしもこれが当事者によるルポ漫画だったらグロテスク極まりなく、被害者に同情する以外の気持ちは許されなくなってしまうだろう。

ここ数年、センシティブなテーマの作品では医療監修を付けたり参考文献をたくさん並べていたりする物が増えている。そういった、ある種の「正しさ」からは一旦距離を置くことも大切ではないか。

6位

吹部やめたい萩野さん【電子単行本】 1 (少年チャンピオン・コミックス)

桃原
週刊少年チャンピオン 2023/11/15
評価ポイント

吹奏楽部が舞台のナンセンスシュールギャグ日常漫画。ギャグ漫画とは思えないくらい本格派な「吹奏楽部あるあるネタ」が織り交ぜられており、腹式呼吸を先輩に教えてもらうとか、低音楽器は大して聞こえないだろうと考えて吹くのをサボるとか、経験者ならニヤリとできるはず。

シュールギャグを単なる日常ネタで済まさず、楽器の性質や練習方法と絡めて展開しているのがテクいと思う。

シンプルに日常系ギャグ漫画としての完成度が高い。

7位

スカベンジャーズアナザースカイ 1 (ヤングチャンピオン・コミックス)

古部亮
ヤングチャンピオン烈 2023/5/25
評価ポイント

漫画的エンタメとゲーム的エンタメの越境的な試みをしている意欲作。

『Escape from Tarkov』や『S.T.A.L.K.E.R.』のような“超”が付くほど硬派なFPSの世界観をオマージュしている、漫画では極めて珍しい作品だが、ゲームをプレイする習慣が無い人にとっても、超常現象がはびこる荒廃世界でなんとか依頼をこなして生き残る不思議な緊迫感を味わえるはず。

「男の子が好きそうなゲーム」に興味がなさそうな人こそ、本作を読んでみると「なるほど、これが面白いのは何となく伝わったわ(まぁでもゲームはやらないと思うけど)」となれそうな、絶妙なラインを突いていると思う。

8位

冥冥冥色聖域(1) (アフタヌーンコミックス)

セキアユム
アフタヌーン 2023/7/21
評価ポイント

旧き良きメンヘラ系のサブカル漫画の系譜。メイドリフレで働く主人公の元にいろいろな問題を抱えた「ご主人様」がやってきたり、知り合いに見つかったり。

私服がダサい女の子が好きで、主人公の私服がダサすぎて性癖だったのでうっかり選出してしまった。本ランキングはこういうしょうもない理由でも選ぶことがあります。

生活能力がないタイプのメンヘラのイケメンが出てくる作品を読みたい女性陣にもおすすめ。リスカもあります。

9位

女性に風俗って必要ですか?~アラサー独女の再就職先が女性向け風俗店の裏方だった件~ 1巻【電子特典付き】 (バンチコミックス)

吉岡その,ヤチナツ
くらげバンチ 2023/2/15
評価ポイント

自分は常々、女性にもオナニーやAVや風俗や、場合によっては性的に倒錯した行動ですらも必要だと思っている。

自分の彼女がもし「一度風俗に行ってみたい」と言い始めたら喜んで応援すると思う。だって、普通はそれが許されない。社会生活のあらゆる場面で女性の性欲というものは存在しないかのように扱わなければいけないという同調圧力がある。誰かが「必要だ」とか「いいんじゃない?」と言わないと変わらない。

10位

RTA走者はゲーム世界から帰れない 1 (MFC)

小出よしと
ComicWalker 2023/7/22
評価ポイント

「RTA」というゲームの遊び方があることを知らない人が読んでも一発でRTAの面白さが伝わるように丁寧に導入されている。

この手のメタ・異世界転生モノでは、例えば悪役令嬢モノのように「主人公が乙女ゲームのプレイヤーだったから転生後の世界の攻略情報を知っている」という知識面のチートが多い。

本作でも主人公がRTAの知識を活かすところまでは同じなのだが、おもむろにバグ技を使って痙攣し始めたり、壁抜けをし始めたり、自分の身体で物理的に変な挙動をしているのが面白い。これこそまさに実況動画でRTAを見るときの面白さであり、 異世界転生モノの中でも比較的真面目に世界構造を逆手に取った作品。

11位

COSMOS(1) (サンデーGXコミックス)

田村隆平
月刊サンデーGX 2023/11/22
評価ポイント

世の中の人は知らずに生活しているが、地球には宇宙人が観光に来たり、人間の皮を被って生活していたりする。

これだけなら古典SF映画でありがちな設定だが、主人公を巻き込んでくる人物がスーツに身を包んだオッサンではなく「ちょっとズレてて、ツンツンしてて、最先端デバイスを使いこなして戦闘も強い美少女の同級生」ってところが日本に住んでて良かったと感じるところ。そしてどうやらこのヒロインは宇宙人と地球人のハーフ……ではなく、宇宙人に育てられた地球人の女の子らしい。素直に萌えです。

12位

蔑む視線が最高です。(1) (別冊フレンドコミックス)

黒月悠
別冊フレンド 2023/2/13
評価ポイント

《蔑まれたい張本人です。仲間が増えたら嬉しいです!笑》という著者近影のコメントがすべてを物語っている。

個人的に、少女漫画では「明らかにコレ作者の性癖だろ」とバレバレな描写があってもスルーしてあげるのが優しさというかデリカシーだと思っているのだが、今回に限っては作者が自白してるのが出オチで面白いし、「イケメンの蔑む視線って最高だと常々思っていたんだよね」という自分の気持ちと「蔑まれたい張本人です」という作者の気持ちが見事にリンクしていて感動さえ覚えた。

13位

匣庭の葬送師 1 (ヤングアニマルコミックス)

綾里けいし,京一
ヤングアニマルWEB 2023/9/1
評価ポイント

超久しぶりに見た、正統派・CLAMPの系譜のキャラデザ。心の中の女児が「かわいい!」と心を掴まれてしまう、超王道な少女漫画の二次元美少女。私はこういう女の子に生まれたかったんですよ。今更ながら。

健気で素直で頑張り屋な性格の主人公が泣きながら努力したり、目の前で人が無惨に殺されて目から光が消えたり(それこそ少女漫画のバトルシーンでよく見るやつ)、疲れた時に飲むアフタヌーンティーのような作品。

14位

テレワァク与太話 (モーニングコミックス)

山田金鉄
モーニング 2023/5/23
評価ポイント

コロナ禍をテーマにした講談社の読み切り企画が出発点となり、膨らませた作品だそう。

ダラダラするだけの日常ネタではなく、「出かける」「帰ってくる」という行為のありがたさを、主人公の職業を絡めて描いている。しっかり1巻完結で、さっぱりとしたハッピーエンドで終わるので、サクッと読めて後腐れもない中編漫画を求めてる人にはぴったり。

大人のエロシーンみたいなやつ少々あり。

15位

秋葉原はユーサネイジアの夢を見るか?(1) (コミックDAYSコミックス)

春野ユキト
モーニング 2023/11/8
評価ポイント

メイドカフェに通い詰める男が、ふとしたきっかけで店外で会うことになり、どうやらそのメイドのオフの日には秘密が……という話。

個人的にこの手のメンヘラ系のサイコサスペンスは、メンヘラの女の子と会話する男がどれくらい気持ち悪いかはもちろん、メンヘラの女の子の方も気持ち悪いのが本格派だと思っているのだが、本作は全体的に気持ち悪く、あぁちゃんと歪んだ作者が描いているんだろうなと少し安心した。

16位

ウスズミの果て 1 (HARTA COMIX)

岩宗治生
ハルタ 2023/4/14
評価ポイント

荒廃後の世界で、人造人間の女の子の主人公が生き残りを探したり死者を弔う話。この手のポストアポカリプスモノの人外少女は無感情で無表情なキャラ造形がされがちだが、本作はちゃんとにっこりしてくれるし、静かめな性格でありつつ感情表現はある。それでいて、戦闘で傷を負って身体の中身が露出しても平然と戦闘を継続する。このバランスが性癖的に絶妙だったので選出。


当ランキングのレギュレーション

[出版元]
商業出版社、Amazon Kindle個人出版。

[媒体]
対象の出版元から発売された、紙または電子の漫画単行本。ただし、次のものは除外する:Kindle以外の電子媒体、単話で売られている作品、Webtoonに近い体裁のもの。

[期間]
2023年1月1日~12月31日に1巻が発売されていること。
ただし、2巻以降の最新巻が上記期間中に発売された作品のうち、2023年に大きなムーブメントがあった作品は対象とする。(※2023年度は該当なし)

[選出基準]
本ブログの筆者が面白いと感じた、または個性的な表現だと感じた作品を選ぶ。ただし、後者については、単に目新しいだけでは対象とせず、あくまで1つの漫画作品として他のタイトルと同列に並べた時に優れていると感じるものを選ぶ。

おことわり

Kindleのみ個人出版作品を選出対象に含めている理由は、「商業作品と同じ棚に並べたい」という作者のマーケティング観点での強い意志を感じるからです。

本記事で紹介した作品のレーベル名は、掲載誌の名前であり、コミックスのレーベルとは異なる場合があるのでご注意ください。例えば、グランドジャンプで連載されている作品の単行本はヤングジャンプコミックスになります。

関連リンク


前年度のランキング

前年度(2022年)のランキングはこちらです。前回はこの記事を経由して概ね20冊程度の購入があり、受け取った収益はすべて漫画読書活動に充てさせて頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。

個人的に、収益があったことよりも普段漫画を読んでいなさそうなフォロワーが「久しぶりに漫画でも読むか」という雰囲気で購入してるっぽかったのが一番印象的で、そういう文化的な広がりが生まれたという事実の方を嬉しく感じています。収益を頂いたことは事実なのでその嬉しさを過小評価するつもりはないのですが、金額としては漫画数冊程度なので、それよりも「広がり」を感じたのが嬉しいというのが私の純粋な本心であります。

本ランキングがきっかけで読んでみた作品があった方は、ぜひ友人知人と感想を共有してみてください。

音楽と自分

少し前にTwitterのおすすめタブに流れてきたツイートを見ていて、自分と音楽の関わり方って結構特殊なんだよなと思い返していたので、一度くらい文章にしておきたいと思って今日は記事を書き始めます。

まず、個人的に、音楽が他のあらゆる媒体(メディア)よりも突き抜けて特殊なのはこの1点に尽きる。

  • 三次元的な風景を、その奥行きを保った状態でありのまま表現できる

このメディアとしての特殊性・・・・・・・・・・・だけをもってしても、音楽を身につけておく価値はあります。

こう書くと「いや、絵だって空気遠近法あるし」とか「空気遠近法みたいなミクロな技法に頼らなくたって絵で心象的な奥行きを表現する手段なんて幾らでもある」とか「お前は美術を知らないようだな」とか言ってくるおじさんがいそうで怖いんだけど、私が言いたいのはそういうことではなくて、もっと素朴に、「音楽って音の位置とか強さとか長さとか減衰で立体的な空間表現ができるよね」ということです。


次に、ここからは少しポエムみたいに聞こえるかもしれないけど自分としては大真面目に思っていることが1つあり、

  • 世界がぶっ壊れたとしても音楽はできそう

例えば絵だったら、世界がぶっ壊れたら、洞窟に壁画を描くくらいしかないわけじゃないですか。そこで表現できるモノは、表現力という意味では凄く限界があるじゃないですか。でも音楽だったら、石ころぶつけたり木の枝を削ぎ落としたりするだけで極めて多彩な音の表現ができるんですよね。

www.youtube.com

この動画とか、音MADというミーム文化を知らない人からすると「何だこのふざけたネタ動画は」って思って終わりかもしれないんだけど、石ころで音を表現するという観点で見れば十分に「音楽している」じゃありませんか。

 

どうしても崩壊世界で絵の表現力を追求するんだったら、画材を自作していく方向になるんですけど、たぶん崩壊世界って放射能とか病気があるし、重度の骨折とかしてて自分は死にかけだと思うんですよね。そんな状況で「壁画の表現力が足りないから高度な画材を自作しよう」ってなるかというとならないと思う。

壊れた世界とか極端な例を出してしまったけど、現実でもぶっちゃけハードオフで壊れかけのアコギを1,000円で買ってくれば音楽できるんですよね。「音楽をやろう」って思ってから「(出した音が)音楽になる」までのハードルがとても低い。もっと言うと全身全霊でピンポン球を撒き散らすのだって十分に風景は見えるわけです。

www.youtube.com

自分はこの動画の音を聞いて、子供の頃に親に連れられて行ったベトナムの露店街が見えてきて普通に感動しました。3輪タクシーとかが走ってるところ。

そもそも論を言うと、絵を描く時点でモチーフって何らかの記号化をしなきゃいけなくて、エジプトの壁画だって実際にそこに描かれているものは「風景そのもの」ではなく「記号の集合体」ですよね。石ころから出てくる音は記号ではなくありのままの音じゃないですか。

つまり一種のプリミティブさが音楽の根本にはあって、絵などの他のメディアにはないもので、自分にとっての「音楽それ自体が持つ特別性」のような感覚に繋がっている。


次の1点は、「自分にとっての音楽」というより「自分にとっての音楽制作」に近い話なんだけど、

  • 自分にとっての音楽は「社会とのコミュニケーションを取る手段」の一つ

というのがある。良い反面教師が、

まあこれだけ見ると、よくある業界人の(大人げない)ワナビ批判で、令和のSNSに特有の毒があって正直良い気分はしないんだけど、この点は一旦置くとして。

この人は創作におけるめちゃくちゃ根本的な要素を見落としてる気がします。

まず「先生」のスペースにわざわざ質問しに来る時点で、その人は「絵」という媒体に関してなにか自分と切っても切れない縁のようなものを感じているわけでしょ? だって知らない業界人のTwitterスペースで発言権を要求して喋るの死ぬほどハードル高いですよ。質問者が本当に救いようもないタイプのワナビだったらそこまでの心理的コストを払ってまで質問するわけないじゃないですか。それこそ好きな絵師のマシュマロに質問しますよね。

なので

  • 「絵はとくに好きじゃないけど、自己実現の手段として絵描きになりたい

というのは恐らく本人の言語化不足と、受け手の曲解も入っていて、本当のところは

  • 「絵はとくに好きじゃないけど、自己表現の手段として絵を描きたい

という気持ちがあると思うんですよ。特に、わざわざこんな質問をするような、「自分が何を作りたいのかもよくわかっていないけど、何か作りたい気がする」という段階だったら尚更そうじゃないですか。

これを音楽で言い換えれば、私が重要視している「社会とのコミュニケーションを取る手段として音楽を身につけておきたい」という感情に近いものではないかと思っています。

こういう動機で絵や音楽をやり始めるのは、なんら不純なことはありませんからね。今にも死にそうなボカロPが「社会」に向けてメッセージを綴るような私的な音楽を聴いたことはありませんか? 「ギターが特別好きなわけではないけど、自分にとって唯一できるものがギターだったからバンドをやってる」とインタビューで語る有名ギタリストを見たことはありませんか?


最後の点は、これに似ているんだけど、

私にとって、

  • そもそも音楽で表現したいと思うことは「音楽をやっている時以外の時間」から湧いてきた感情や葛藤であることが多い
  • 自分のイメージを作品として表現するにあたって、「音を連ねること」でしか表現できなさそうなイメージがある

自分も、泥みたいに四六時中音楽やってる人たち素直にすごいなって感動してしまう気持ちがあります。でもどう考えても自分は音楽にそこまでのめり込めないです。それでも、自分は音楽とは切っても切れない縁のようなものを感じているし、表現手段としての代替不可能性もあるわけです。

つまり、ある意味で不真面目に音楽をやっていく単に生活の一部に音楽があるという生き方が自分にとっては自然体でした。だからたま~に音楽をやっているし、これからも音楽はたま~にやっていく形になるんだろうなという謎の確信があります。

逆に言うと、自分にとっての音楽は「だから僕は音楽を辞めた」とか「辛いことがあっても音楽は辞めない」とか、始めるとか辞めるとか辞めないとかいう次元じゃないってことなんですよね。

そういう観点で、ミキシングエンジニアみたいな音を空間表現する手助けを(依頼を受けた時だけ)して、ごくごくたま~に自分でも作曲するみたいなスタイルは理想型だなと感じています。