メトロノームの音が聞こえる人

これから書く出来事は、かなり個人的なことなので、正直ブログに書いていいかどうかかなり悩んだ。だけど自分としては鮮烈な体験だったのでどうしても書き留めておきたかった。もし関係者が見ていたら許してほしい。

最近参加している某サークルで、とある日の夜に定例会議が開催された。扱う企画が初期段階のため話し合いは大変なカロリーで、概ね議題は消化したものの話は盛り上がり、予定された終了時刻を回っても会が収束に向かわなかった。

学生サークルだけどインカレかつ社会人OKのサークルで、メンバーの中には翌日に仕事がある人もいる。若干名、すぐにでも話をまとめたそうに切迫した雰囲気を醸し出している社会人の方がいた。仕方がないので私が議題を軽く整理して、会を収束に向かわせる舵取りをした。

正直言うと、学生サークルの中で社会人があんまり出しゃばりたくはないんだけど、長年同人活動をやっている関係でそういう議論をまとめるのは少し得意ではある。なのでその時も比較的すっきりまとまったと思う。

そして会は形式上の終了を迎え、落ちたそうにしていた人たちは挨拶をして抜けていった。

 

万事解決、めでたしめでたし……となるはずだったけどこの話には続きがある。

これはどこのオタクサークルでもそうだと思うけど、会議が終わったあとは自然な流れで雑談タイムが始まることが多い。

その時に言われた一言が強烈に記憶に残った。

「さきさかさんは、メトロノームの音がはっきり聞こえるんです

場が静まり返った。その時の場の雰囲気ときたら当分忘れられそうにない。狐につままれたような感覚になっている人が多かったと思う。

私は何かの比喩だと思って意味を聞き返した。厳密な言い回しまでは忘れてしまったんだけど、意訳すると、

  • 人は、多かれ少なかれメトロノームの音がする
  • その中でもオンとオフの切り替えがはっきりしてる人は、メトロノームがカチッ!と合う感じがする

正直びびった。メトロノームを音楽のテンポに関係した文脈以外で使ったことがなかったから。ましてや「人」に対してメトロノームの音が聞こえるとか聞こえないとか、考えたこともなかった。

確かに言われてみれば、そういう独特なスイッチ感、テンポ感のようなものを醸し出す人は世の中にいる。自分の身の回りだと、仕事でまとめ役的なものを経験した人と、芸術家肌の人とかもそういう音を出す傾向にあると思う。

だから感覚自体は「言われてみると確かにそういうのあるな」と思える性質のものではあったんだけど、今までメトロノームをそういう風に使える概念だと認識してなかった自分の感性の狭さが恥ずかしくなった。

感覚だけじゃなく、教養も関わっていると思った。メトロノームはもしかしたら何かの引用かもしれないけど、ググっても元ネタは出てこなかった。引用なら引用ですごいし、そうじゃなかったらむしろもっとすごい。たぶん普段からそういう刺激的なことばに触れていないと出てこない言語感覚だと思う。

 

ちなみにその人は別日に、他のメンバーに対して「私と一緒に海に飛び込んでくれませんか?」という相談をしていた。同席していた人たちは全員凍りついていたけど、よくよく聞くと「海に飛び込むポーズの参考資料がほしい」という理由らしかった。太宰治を彷彿とさせるのはずるいぞ。